直接、蔵に行くことで伝えることができる。 タグ付けされた商品をただ売るだけではだめ。その商品がどのような場所で、どうのような環境で作られたか、実際に蔵に出向かなければわからないことがあります。酒屋でないと伝えることができないこと、それはそのお酒を楽しんで飲む人たちに興味深い話であったりするものです。蔵人さんの気持ちが込められたお酒、その気持ちと一緒に美味しいお酒を届けます。お酒の紹介もですが、まずはその蔵人さんの人柄を、その蔵人さんを囲む人たちを。

獺祭−旭酒造

おそらく、テーラードだろう。細身のダブルブレストのジャケットに、ネクタイはしっかりとディンプルが。少し猫背、やせ形のおじさんはいつもおしゃれにジャケットを着こなしている。どこかそれは、六十年代の英国、海辺の街ブライトンに豪華に飾り付けがされたベスパに乗って集まるモッズと重なって見えた。おそらくだが、一番好きな音楽はザ・フーの「マイ・ジェネレーション」、そんな人かもしれない。  十二階建て、蔵の最上階。旭酒造、桜井社長は話し出す。「テクノロジーで造る酒は売りません」東京にある居酒屋に行った時にトイレでその張り紙を見たらしい。その言葉の横に獺祭の写真が。近代的な蔵を建てるとやっかみもあるだろう、メディアへの露出が増えると嫉みもあるだろう。ただ、唯一言える言葉、獺祭は決してテクノロジーだけで酒を造っていない。

永山貴博さん

カメラ泣かせの蔵、デカすぎて

 蔵見学をする。真新しい設備、キレイな床、廊下、壁、その各階の壁に掛けられたカシオの電波時計はシャンパンゴールドに縁取りされて統一、恐ろしく動きの遅いエレベーター。見所はいろいろあるが、何よりも若いスタッフが目立つ。そのスーツ組とは違うスタッフの手で獺祭は造られている。ここでは五トンの米を洗っています、家庭でも無洗米に頼る主婦がいるのに、そんなことを毎日毎日繰り返している。これが現実で、それがテクノロジーだろうか?無知とは怖いことだと思う。美味い酒を造りたい、その一心で手作業にこだわり、徹底したデータ管理で造られる獺祭。ハイテクなシステムキッチンで結婚したばかりの若い奥さんが、クックパッドのレシピを見ながら料理を作る、旦那さんはそれを食べて美味しいね、喜ぶ。単純に考えると、同じなような気がする。敵は多い、それも人生。

貴−永山本家酒造場

「きょうもフランスからお客さんが来るんですよ。」永山本家酒造場の酒造りは米作りから始まる。蔵の前を流れる河の向こうに田園が広がり、夏は米を作り、冬に酒を造る。一貫造りはブルゴーニュ地方のワイン造りと重なる。自ら米を作ることで米を深く知り、酒造りの真髄を深める。海外のレストランにワインリストがあるように、単にその他アルコールの中のひとつとなっている日本酒を「ワインと同じレベルに持っていきたい。」  風貌とは違い、シャイな人。風貌とは違い、純粋な笑顔を見せる人。学生時代は風貌どおり柔道で鍛えた。夜は家でインターネットラジオを妻と聞く。75年生まれのA型。「やってることは当たり前のことなんです。」天才杜氏と呼ばれる男は意外にも普通な人だった。ただ、そのギャップが何より魅力的で、人を惹きつける。

永山貴博さん

当たり前のこと。

蔵見学で訪ねた際、市販の煎餅が入っていたカンカンから乾燥したかき餅を出し、無言でストーブの上で焼き始めた貴さんのお母さん。もち米があるから作っている、従業員のおやつ時間にポリポリと食べるらしい。ストーブの周りに人が集まる。貴さんが割り箸でひっくり返す役。味のレパートリーもすごい。素朴なものから、みかんを皮ごと混ぜ込んだものまで。これが、旨い。緑茶とよく合う。地酒貴と米、この環境で育てば、このつながりは自然と生まれるのかもしれない。最近はお嫁さんが作るのを手伝ってくれる、かき餅も受け継がれていく。

          

雁木−八百新酒造

 選ばれたものだけが着れる服がある、というのは大げさかもしれないが、NASAが開発した特殊素材を使った「雁木ジャケット」がある。蔵人の榊田さんがネットで見つけオーダーしたというそれはタイトな作りでオシャレ度も高い。胸にシンプル、白文字で「雁木」、ただそれだけで、ただ、それが良い。サイズを間違えたという中村さんはパツンパツンだが、それもよく見えてしまうほどのクオリティーだ。昭和中期に作られたタンクの色も、紺。何か、蔵の裏手にある祠に祀られている白ヘビが導いた仕業かもしれない、そう思ってしまう。

雁木小林さん

好きです、紺色。

 香川県では煙突から煙が出ていたらうどんが食べられる店か製麺所と教わったが、河の横にレンガ造りの煙突が見えたら八百新酒造。古き良きものを大事に使い、次世代を見据えた設備投資で新しくなる蔵の中は寒い、というより寒すぎる。「洗米が命です」と中村さんは話す。寒い冬の寒い早朝、寒い蔵で米を洗う姿を想像してみる。好きじゃないとできない、そういう発想の前に、本当にうまい酒を作りたい、その熱い気持ちがないとできない仕事だ。だから「雁木はうまい。」といわれるんだろう。蔵見学には特殊素材の服を着て行こう。

          

東洋美人−澄川酒造場

 「一時的なブームではなく、酒蔵に生まれた使命として、酒造りを文化として後世に伝えたい。」平成25年7月28日、観測史上最大の降水量を記録した山口・島根豪雨。蔵の前を流れる田万川が氾濫し、蔵の中は床上浸水状態、地獄絵図、どん底を経験した。全国の酒蔵や酒販店、災害ボランティアとして仲間が集まり、復旧作業が始まった。まだまだ完全には立ち直っていない、近所の家は仮設住宅に住んでいる。壁には当時の浸水を思い出させる痕が残る。その横に、澄川さんを慕う仲間の応援メッセージが所狭しと書かれている。希望は、ある。地味なイメージのある蔵とは違う。新設された四階建ての作業場。控えめだが、明るい色がある。階段の手すりはこだわりの赤、タンクはスカイブルーに黄色の文字、何より、やまぐちカラーで作ったというスタッフジャンバーがオレンジ。決して沈んでいない。

澄川さん

愛される男、愛されるパパはカッコつけるのが大事。

 毎日の酒造りをいかに楽しく清い心でできるか、澄川酒造の酒造りとは出荷までをいう。酒造りをする蔵人はもちろん、瓶詰めされた酒をダンボールに詰めるパートの人までがひとつの思いで働いている。自分が飲みたい酒を造る、澄川さんは語る。日本酒はおしゃれに飲んで欲しい、周囲の視線を意識して、背筋を伸ばし、凛として。カッコつけて、ブルゴーニュグラスで飲む。新しい蔵には最先端の自動洗米浸漬装置を導入、ハイテクな酒造りが始まった。昔ながらの酒造りを知っている澄川さんだから使いこなせる機械。しっかりとしたビジョンを持つ人、遊び心のある人、男が惚れる男。血液型は几帳面なO型。一言でいうなら、他にはいない、魅力的な男。

長靴

長陽福娘−岩崎酒造

 後ろを追いかけた。薄暗い蔵の中を、足早に歩く人。まだ仕込みが落ち着いていない三月初旬、忙しそうだった。NHK大河ドラマ「花燃ゆ」の舞台、萩。幕末の志士たちも通ったであろう萩往還を走り、市内中心部へ。商店街の中、おもちゃ屋の前。明治三十四年創業の蔵がある。作業着姿の五代目、岩崎さんが出迎えてくれた。写真をいろいろと撮らせて欲しい、そう告げると若干困った顔をした。「そういうことなら、ヒゲを剃っておけばよかった」とぽつり。なぜかその言葉が、田舎町をひたすら車で走る時にトイレに行きたくなり、一時間前に通り過ぎたコンビニ、もしくは道の駅を思い出し、「あの時トイレに行っておけばよかった」と同じセリフのように聞こえた。岩崎さんが動く。家の中へ消えると五分、八分、時が過ぎる。何事もなかったように、再び現れた岩崎さん。すっきりとした顔。

岩崎酒造

男はヒゲを剃り、仕事はする。

 穏やかな芳香と優しい口当たり、長陽福娘という酒はイコール、岩崎さんの人柄。人が造るもの、人が飲むもの、酒造りは人で決まる。「ラベルも自分で作ります」何から何まで忙しい。Photoshopで画像データを編集、加工し、Illustratorに配置する姿を想像してみる。想像できない。酒を造り売る、単純な想像力では描けない。自分が松下村塾の門下生なら、吉田松陰に聞いてみたい。冬が終わり、季節が春へと移り変わる。酒造りももうすぐ落ち着く、その頃はきっと岩崎さんの顔にも無精ヒゲが生えている、そう思う。

岩崎酒造

毛利公−山縣本店

 モーツアルトの代表曲、ピアノ協奏曲第20番、静かな蔵に流れる。広い蔵の中、どこか遠くからかすかに聞こえている、人間にはそうかもしれない。聞いている張本人といえるのは、発酵している醪、ここは決してウィーンの市街地でも、普門館でもないが、音楽を聞かせることで雑味のない酒ができる、らしい。周南市、人口わずか十五万人の街。山縣本店、由緒ある古い建物、寡黙な杜氏、実はAKB48も聞く男、ここは決して秋葉原ではない。音楽と酒、酒に音楽を聴かせると発酵が進む、信じるか信じないかはあなた次第、ここは別にテレビ東京の局内ではないし、再放送のTYSのスタジオでもない。瀬戸内の小さな蔵。コンピューターで管理されているわけではなく、手造りにこだわる酒造り。手で造る、それはイコール、心を込めるということ。寡黙だが、熱いパワーを感じた。控えめに。

山縣本店杜氏

No Music , No Sake.

 マスクの男、風邪防止にと、酒造りは体力勝負でもある。普通の人間には死ぬほど寒く感じる蔵の中で、酒造りの期間に風邪を引かないということがあり得るのだろうか、それはAKBの握手会が文化会館で行われると同じぐらい、奇跡的なこと。大島優子はもういないが、そんなことは男には関係ない。推しメンは他にいた。酒の造り方も各蔵で違うし、人の趣味はいろいろ。他人と同じことをしていても意味がない、人がやらないことをする、モーツアルトはリピートする。たまにはビートルズの曲や、他の曲、ヘビーローテーションを流してほしい。大島優子は卒業した。

山縣本店

金分銅−金分銅酒造

 夕方、紺色の華陵高校の制服を着た女子高生がひとり自転車に乗り走って行く。花岡八幡宮の横、金分銅酒造から離れ、花岡駅へと向かって行く後ろ姿を横目に蔵へ入る。明治三十三年創業、昔ながらの槽しぼり製法にこだわった日本酒。酒造りに使用する水は、蔵の深い井戸から。八幡宮の中に現存する閼伽井坊、真言宗御室派に属する。その「閼伽井」とは神仏に供える清浄な水を汲む井戸のこと。水がきれいな場所、酒造りには大事なポイント。  懐かしい、蔵の隣に鳥居があるだけでそう感じる。神聖な場所、静かな通りと思いきや、意外にも車が走る道。紺色の華陵高校の制服を着た女の子が向こうからやってくる、再び、さっきの子。忘れ物、もしくは黄色の車両でおなじみの岩徳線に乗り遅れたか、少し寂しげな顔。西の空に夕日、哀愁が漂うロケーション、どこか、懐かしい。

金分銅

金冠黒松−村重酒造

 麹室で寝た。外は寒い冬で、マフラーに手袋、寝室は電熱線が張り巡らされているおかげでポカポカと快適だったが、喉が死ぬほどカラカラになり、途中のポプラで買ったペットボトルの水が、砂漠の中のオアシス的存在に思えたのは生まれて初めての体験だった。男達がいた、休憩室のような、ダイニングルームのような部屋。筋肉番組「サスケ」にも出たことがある日下杜氏が筋トレ用にと置いてある体力作りのマシーンがいろいろとあり、壁には名が売れているアイドルや、名が売れていないアイドル、昔有名だった女優のポスターが貼られていて、大学生の寮かっ!とタカトシだったら突っ込むんじゃないかと思った。男達の酒造り。男の生活。村重酒蔵はチームワークの蔵だと感じた。同じ釜の飯を食べ、風呂に入り、寝る。早朝に起きて仕込む、朝食を食べて寝る、起きて仕込む。まさに、合宿。

金冠黒松-日下無双

個が集まり集団に。

 臥龍錦松。なんと読めば良いのか難しい漢字だが、数々の新酒鑑評会で絶賛されたとてつもなくすごい酒らしい。お土産に持って行ったプレミア焼酎セットが効いたのか、飲ませてもらった。普通には飲めない、貴重な酒。その日はぐっすり眠れた。金冠黒松、清流錦川の横、抜群に使い勝手の悪い新岩国駅の側に蔵は建つ。超巨大な杉玉がシンボル。青空に煉瓦造りの煙突が象徴的で、昔、ブロンプトンで東京の街を汐留から浅草、スカイツリーまで走ったときを思い出した、というのは大げさかもしれないが、村重酒蔵イコールあの煙突みたいなイメージがあるのは他の蔵にはなかなかないかもしれないと思った。若い社長に筋肉自慢の日下杜氏、脇を固める優秀なスタッフ。村重酒蔵はバランスのとれたチーム、それは松井秀喜がいて長嶋監督が率いた巨人のようだ。カープファンだが。黒田が復帰した。

村重酒造